2016年7月12日火曜日

【7月10日 新宿サンパークホール】深山沙衣子 出版記念パーティ


7月10日に新宿サンパークホールで出版記念パーティを行いました。たくさんのご友人に来ていただきまして、本当にありがとうございました。
このパーティで、なぜ私が「ミャンマーに学ぶ海外ビジネス40のルール」を執筆したかをお話しさせていただきました。以下はスピーチ原稿です。興味のある方は、お読みください。

・・・・・・・・7月10日みやまさえこスピーチ・・・・・・・・・
みなさま、本日は私の出版記念パーティにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。今回はお話しする機会をいただいておりますので、この本をなぜ書いたか、少しお話しさせていただければと思います。

「ミャンマーに学ぶ海外ビジネス40のルール」は、長年本を出したいという希望を持っていた私が、2008年ごろからミャンマーに関する取材をはじめ、ミャンマー人と結婚し、ミャンマーで生活するようになった体験をもとに執筆しました。

以前、医療雑誌の記者をしていた私は、自分の文章が一部の人々にのみ読まれていて、多くの人々の娯楽や助けとなっていない現状、また本を手にする人の少なさに対して、
「どうしたら自分の文章が、多くの人々に読んでいただけるようになるか? 多くの人々の助けとなる本を作れるか」

を常に考えていました。私を含めた書き手が、読者のニーズに応えていないのではないか?と思っていたのです。 永田町の議員会館や国会議事堂の赤じゅうたんの上を、権力者の後ろをおいかけながら、インタビューをとりながら、いつも自問自答していました。記事を書いてほしい一部の権力者が記者にすりよる姿は、記者と知り合えない、大勢の権力のない人々の意見を吸い上げません。こうした取材現場が、世論と呼ばれる風潮をつくり、日本の意志を左右する力をもっています。

また私が記事を書いていた総合雑誌やジャーナリスティックな記事が受けないのは、社会がそうした文章を必要としていないからではないか? とも考えました。 たくさんの先輩ジャーナリストが、命をかけて世界の強権政治に苦しむ人々や、紛争、民族差別問題、社会問題を取材しているのを見てきました。彼らの精力的な活動には社会的意義がありますが、読者が少なければ、情報は社会に普及しません。彼らの命がけの取材は、読者に届かなければ、読者に伝わらず、社会は変わらないのです。貧困化、経済減退、高齢化、増税など国家制度が金属疲労を起こしている日本では、国民が感じる負担感が重く、なおのこと外国の暗い話題は受け入れられにくいのです。

結論から申し上げますと、私は、日本社会は、日本にいるミャンマー人含め、多くの外国人、そして少数派と呼ばれる方々とともに生きる必要性が出てきていると思っていました。

しかし少数派の生き方は、ある意味過酷です。少数派の受け入れにも賛否両論です。この重い話題を、どのようにして読者の方々に読んでもらうかを考えたときに、「困難な現状を表現するなら、その表現の形はエンターテインメントにしなければならない」と気が付きました。ミャンマー人難民と結婚した、ほかの日本人より不幸っぽい、その実あまり不幸でない珍妙な現実を、うまいこと表現して、笑いを取なければならない、ということです。

そんなわけで、「外国人との付き合い方の法則。善人過ぎず、したたかに」というタイトルで、実際にあったストーリーを数ページにまとめて、書き溜めはじめました。電話をムシされたり、借金を何年間も返してもらえなかったり、採用場面でピュアな顔した若造にトンズラされたり、そのあとその若造をしめた部分の文章は本になる前に削除されましたが、ミャンマーの家政婦にバカにされたりした自分の経験を書いてから、偉そうに最後には、読者にアドバイスのコメントを書いてみました。この原稿をまとめて、加筆したものが、今回の本になりました。そして、私の小ストーリーのタイトルの一部が、本のタイトルの一部になりました。この本が、外国人とともに生きる日本社会の発展と一助になれば幸いです。
この本を出すまでに、ここにいらっしゃるすべての方々に、大変お世話になったことを、心より御礼申し上げます。

ミャンマー人の皆さま、この本には、日本人がミャンマー人とどのように仕事をすればよいかが書かれています。ぜひ本日、この会場でお買い上げいただき、職場の日本人の同僚・上司にプレゼントしてください。きっとこれまで以上に、仕事がやりやすくなると思います。皆さまのご活躍をお祈りしております。本日はどうもありがとうございました。存分に楽しんで帰ってください。





物書き仲間さんと





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